旅の始まり(ヨーロッパ)

旅行準備から現地到着まで。2023.7-8の記録です。

画像の移行ができていないため、ぜひ、サイトをご参照ください。

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旅行前

7/24



飛行機のチケットを予約した。ヨーロッパをぐるっと回って最後にオランダにつくルートを作りたかったので、スイスあたりからチェコあたりを通って北上してドイツに入り、オランダのルートに決めた。複数の目的地のチケットの値段をskyscannerで調べてそれなりに安かったチューリッヒ空港を選んだ。



7/29



旅行の準備を始めた。直前すぎて普通に焦る。とはいえなんとかなる気がしていたのでちょうど良いハラハラ感のもとで準備できてたのしかった。僕が怠惰なのか、ハラハラ感をあえて味わうために無意識にそうしているのか。重要なことの前でも同じようなことをしてしまうので、いつか確実に痛い目に遭う。


長期の旅行に必要そうな洗濯物干しヒモや紙上の洗濯洗剤、折り畳める薄手のバックパック、圧縮袋などをamazonで買った。あとは財布が盗まれたりするのが心配だったのでankerのairtag的なやつとバックパックがロストバゲージになった時の追跡用にAirtagも買った。数日前にネットニュースで、ロストバゲージしたけど永遠に返還されない荷物をAirtagを使って探し出した云々という話を見たのでAirtagはお守りがてらに購入。ショルダーバックと財布にAirtag、バックパックにAirtagで完璧。即日配達に感謝。荷物の量は、日帰り登山35Lのバックパックに収まる+機内持ち込みできる8kgに収めるのが目標だったが、旅行だけでなくそのまま留学もするのでPCやiPadなどを入れざるを得なくて結局8kgに収めるのは無理だったため、預け入れることにした。


そして、手持ちのカードのカード会社に連絡して海外で使えるようにしてもらった。直前すぎて色々トラブっていたがなんとかなった。親に感謝。出来る限り自分だけで準備を終わらせるつもりだったけど、カードの手続きなどは自分ではおそらくできなかったり、他にも色々と荷物系のアドバイスをもらうなど、無意識のうちに親を頼る前提で直前まで準備をしていなかったのかもしれないことに気づく。勝手に一人でいろいろと進めてしまうのは悪いところだし、頼るつもりなら最初から伝えておくべきなのに伝えていなかったのもだめ。きちんとコミュニケーションを取らないと。


7/30



準備は80%完了。正直かなりハラハラしてたし、何か寂しさを感じていた。出発日を1週間後くらいにしておくべきだった、と若干後悔したけど仮にそうしてもなんも変わらないか。必要そうなものを全部入れるとバックパックには入らないので、一番嵩張る服の取捨選択をした。多分準備できた。(行ってから忘れ物に気づく)



空港へ

7/31



午前2時に羽田発の飛行機だったので昨日の22時に家を出て羽田に22時半くらいについた。ルートは羽田→仁川→ミラノ→チューリッヒ。ミラノ→チューリッヒ間は乗り継ぎが1時間でやばい。バックパックは結局預け入れることにしたので、ちゃんとチューリッヒに運んでくれるか心配だった。


カウンターでは若干手間取った。「ヨーロッパの出国の証明ありますか?」「旅行してそのまま留学するから持ってないです。」「ビザは?」「オランダは留学生ビザ不要。オランダでの滞在証明の申請は済んでるけど現地受け取りだから持ってない。」という会話になって相手の人が困って、カウンターに備え付けの電話で誰かになんとかなりそうか聞いていた。これでなんとかならないと言われたら僕は詰みなので上手くいくと祈っていたところ、向こうで事情を説明すれば大丈夫とのことで安心した。出国手続きして、ラウンジで休んだ。1時半くらいにゲートのところに行って乗った。



搭乗後

仁川まで2時間強なので特別感やウキウキ感は特になかった。短いけど機内食が出たのはラッキー。コチュジャンのチューブがついていたけどあんまり使わなかたので、もったいなくて最後にコチュジャンだけ食べた。2時間だけだったので窓側の席。唇の乾燥を感じ始める。

午前4時半の仁川空港着。空いていた。空港はかなり広くて羽田よりも広そう。


聞くところによると東アジアのハブ空港としての役割はすでに羽田から仁川になっている模様。仁川空港ではトランジットする人向けのトランジットツアーがあったり、トランジット向けのラウンジがあったり流石だった。戦略的にハブ空港になるために動いていたんだろうなと思った。nap roomなるものがあったのでそこで仮眠を取りに移動したら、すでにインド系の人がたくさんいて寝る場所がなかった。ベットやソファーがあるのに、その近くの床で寝てる人がかなりいて意味わからなかった。ソファーに荷物を置いて床に寝るってどういうことでしょうか?そこで寝るのは諦めてゲート近くの椅子に寝そべった。すでに先客がたくさんいたので躊躇なく寝れた。


朝8時に目が覚めたけど眠りが浅く、まだ頭が冴えなかったので二度寝。9時に再び目が覚めると、周りで寝ていた人はほとんどいなくなっていて、たくさんの人が僕の横を行き交っていた。すぐに起きる気力はなかったので天井を見ると、LEDが川のように並んでいて綺麗で写真を撮った。体を起こしてから動いてトイレで顔を洗って目を覚ました。トイレでの気づきとして、韓国のウォシュレットはめちゃくちゃ強い。シャワーヘッド当ててるのかってくらい水量と水圧が半端ない。痔になるかもしれない、などと思ったりした。教訓としては、韓国でウォシュレットを使うならまず水圧を下げてから使おう、ということ。そのあとは空港でかくて散歩したかったのでうろうろした。流石に普通の空港と同じで特に刺激的なことはなかった。ブランドの店がたくさんあったりするだけ。




お腹空いたのでせっかくならと韓国料理店へ。美味かった。


その後もうろうろして、若干お仕事をして、ミラノ行きのゲートへ向かった。乗った。


10時間乗るのでトイレとか行きやすそうな通路側の席。三人列で右の二人は韓国人の30代くらいのカップル。中良さそうなのは良かったけど、普通にハグとかキスとかするので、もやっとした気分になった。二人とも短パンで寒くないのかな。5時間ほど乗ると唇に異変を感じ始め、7時間すると鉄の味を感じた。リップは預け入れた荷物の中だったので甘んじて受け入れるしかなかった。ご飯美味しかった。見た映画はエクソシストというキリスト教の悪魔祓いの話とマリオの映画。エクソシストは面白かったけど、マリオの映画はキャラクターの個性が強すぎるのとストーリーがいろいろ極端で嫌になって15分で見るのやめてしまった。最後まで見れば面白いんだろうけど、そこまでしてみたいとは思わなかった。寝るにも寝れず、やることもないし、頭も動かないので黒い画面を一点集中してみてた。数時間は寝れたかも。




ミラノ着。

乗り継ぎ時間やばいのでめっちゃ焦った。二外がイタリア語なので若干見慣れたイタリア語(USCITA=出口)があっておお!となった。空港の中は欧米顔ばかりでおお!っとなった。空港内でシェンゲン協定内の発着ゾーンとその他で分かれているらしく、その他のゾーンからシェンゲン協定のゾーンへ移動するところでちっちゃい税関みたいなのがあって「日本から来たんですか?」と聞かれて「はい」と聞かれたらスタンプ押された。これでシェンゲン協定域内に入れるって日本人への信頼が厚すぎる。身なりもTシャツにスウェットパンツだったので悪い人には見えないもんね。日本で受付をした際に「ミラノについたらどっかで手荷物番号と航空券番号をリンクさせるように伝えてください」と言われていたので受付に行ったけど、「元々リンクされてるから大丈夫」と言われて安心した。Airtagを見るととりあえずバックパックはミラノについているようで安心。


チューリッヒ行きの飛行機搭乗。機内放送は、ドイツ語、イタリア語、英語の順番で話していた。


到着

チューリッヒ空港到着。wifiに繋いだ。SMS認証が必要だったので、日本のsimの契約もの残しておいてよかった。通信はesimで500MB/1日で3000円くらいのやつ。スーツケースを待つ。来ない。Airtagでバックパックの行方を見てみると「4分前ミラノ」で絶望。どうしようもないのでうろうろして、lost and foundでロストバゲージ申請をして敗北し、撤退。翌日には荷物おそらく届くとのことで安心はしたが、チューリッヒには2、3日だけの予定だったのでギリ。念の為親の忠告に従って下着の替えだけは持ってきていたのでよかった。親の忠告に感謝。でも心配されるとだるいので連絡はせず。着てる服がパンツもスウェットでよかった。パジャマとしても寝心地悪くない。


宿へ

一泊目はエアビで予約していた空港から鉄道で15分程度の場所をとった。1日目からドミトリーは嫌だったので一人部屋。鉄道の乗りかたもわからないし、切符の場所もよくわからないし、海外一人旅は初めてなのでそれなりに戸惑った。


宿までの片道切符で1000円くらいかかって物価の高さに驚嘆した。が、これはただ安いチケットを知らなかっただけ。1日乗り放題で3000円程度のチケットがあったのでそれを買うべきだった。これでもたかすぎるけど。


宿の最寄りに着いたものの、宿の場所やインターホンがどこにあるかなどが全然わからず駅の周りで15分くらいうろちょろしてた。22時過ぎで、周りにお酒飲んだ人とか大声で話してる集団がいて、初っ端からかなり怖かった。旅行の初日は昼にチェックインできるようにしておきたい。


宿は普通のアパートの一室で、スペイン人らしき60歳くらいのおじさんが出迎えてくれた。部屋に案内されると、6畳くらいの部屋に低めのベットがポツンと置いてあるだけで寂しかったけど、とりあえず寝れる場所があることにすごいありがたみを感じた。部屋には日本風の絵があったり、日本のことちょっと好きっぽくてよかった。スマホの充電器はバックパックの中にあったので困ったが、一旦シャワーを浴びて就寝。旅の始まり。





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