拠り所の人格

 人には拠り所が必要だ。


拠り所がないと、人は心の底から崩れ落ちてしまう。


幼い頃は、親がその役割を担う。成長とともに、拠り所は多様に変化する。


それは、友人かもしれない。恋人、兄弟、本、アイドル、音楽。あるいは、自分が演じる姿や、過去の経験。時には、愛犬、ぬいぐるみ、懐かしい家族写真かもしれない。


共通するのは、すべてが何らかの人格や感情と結びついていること。


無機質なモノを拠り所にするのは、本当に難しい。なぜだろうか。


それは、拠り所に求めるものが、単なる存在以上だからだ。


「わかってもらいたい」「認めてほしい」という、人間の根源的な願望。生と死を共有する存在としての共感。自分を理解してくれる信頼感。


人生という複雑な旅路に、ポジティブな意味を見出してくれる期待。そして、変わらずに寄り添ってくれる安心感。


こうした感情は、人格を持つもの、あるいは人格を投影できるものにしか宿らないのかもしれない。


人は、心の支えを通じて、自分の存在意義を確かめているのだ。


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