自己肯定と大事な人たち



 人からどう言われるかというのは、自分自身の幸福度に大きく関わる。


しかし、評価・意見する人によって解釈の基準となる価値観は大きく違う。


仕事に限らず、人生観でもなんでも。


「自分はこうしたい」「これがが良い」、と思ってした決断は、誰かに肯定してもらいたいのが人。


決断というのは、あっちが立つとこっちが立たないとう性質のものであり、リスクを取るということは不安を背負うのと表裏一体だから。


その時に、自分が選び取った方を好意的に捉えていくれる人が周りにいれば、安心できる。


たとえ本心では否定的であっても、好意的な言葉をかけてくれる人でもよい。


一方、それを否定的に捉えるタイプの人と話すと、自分のとった選択のネガティブな面を強調して言う。そうされると、自分の決断を否定されたように感じる。そして、自分の決断に自信を持てなくなってしまうかもしれない。


特に、自分なりに考えて一般的な世論やトレンドに反するような考え方・行動をとる人は、自ずと否定的に捉えられ方をすることは多くなる。


それでも自分を保っていられるほど考えを詰めていれば、自分の意見をブラさずにもいれるかもしれない。でもそうでなければ、かなり説得されてしまうこともある。もちろん、ブレる・ブレないに善し悪しはない。


価値観が近い人も遠い人も、言うことはどちらも事実であり、どちらを大事にするか、選び取るかは価値観の問題である。


価値観は人によって大きく異なり、また時代のトレンドによっても大きく変わる。トレンドは社会環境とメディア、周りの友人の価値観などでなんとなく作られる流動的なもの。

結局は自分で決めて、自分で負うということ。


ずっとそのリスクを考え不安を背負う時、その心の支えになるのは自ずと肯定的でいてくれる仲間か自分自身。


大事なのは、その決断をした自分に対して肯定的でいられることだと思う。


それを作り出すものは、内省して熟思してつくりあげた納得できるロジックと、自分の価値観・気持ちを分かり合える周りの友人や身近な人の存在。


友人は、自分の選択に対して優しさでもって意見をしてくれる。その優しさは、自分を肯定するものかもしれないし、否定するものかもしれない。


自分を大切にしたいのであれば、自分の決断を尊重して好意的に捉えてくれる人・コミュニティがあることが大事というか必須ではないかな、と思う。


自分なりの結論を肯定してくれる仲間は必ず要るがエコーチェンバーだと偏るので、自分の選択のリスクをはっきりと助言する仲間も大事。


要はバランス。





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